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カードローンタイムズ

カードローンから、世界の世情を表すニュースまで。

WELQはどこに問題があったのか?ライターの端くれが物申します

時事問題

今ネット界隈の中で、「WELQ」の話題でもちきりです。

"WELQの話題"とは、かの有名企業DeNAが運営するキュレーションサイト「WELQ」の記事が、「不正確な記事が掲載されている」と指摘された問題です。

WELQは大勢からの指摘を受けて、サイト内の記事をすべて非公開としました。

welq.jp

これほどWELQが問題視された要因には、「DeNAが有名企業であること」「WELQが医療関係の記事ばかり扱っていたこと」などがあると思います。

私は特に後の「医療関係の話題を扱っていた」ことに、根深い問題があると思っています。

私も「ライター」という職業を名乗っている身。この話題に関しては、いくつか言いたいことがあります。

 

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書いた文章には責任を持つべき

私の好きな作家、舞城王太郎の小説の中にこんな言葉があります。

 私はこれが大げさな言葉だとは思っていません。

普段他人との「会話」の中で言葉が欠かせないだけでなく、自分の頭の中で行う「思考」の中でも言葉は欠かせません。

人は言葉を持って誰かと意思疎通して、言葉でもって行動を起こすのです。

言葉は、誰かの未来を動かす

誰かの言葉を見たり聞いたりして、自分の行動を決めることがあると思います。わかりやすいのが、「友人から何かをおすすめされること」です。

私がよくあるのは、映画好きの友達から「○○って映画面白いよ」と勧められて、何か映画を見に行くというパターン。これは、この友人の言葉を聞かなければありえない行動でした。この友人の言葉で、私は未来の行動に影響を受けたということです。

この、「映画を見に行く」くらいのささいな行動なら良いのです。ですが、思い出してほしいのが、WELQは医療関係の記事をたくさん扱っていたということ。つまり「命に関わる情報」をたくさん発信していたのです。WELQの記事によって、実際に何か行動を起こした人も少なくないはずなのです。

ちょっとオーバー気味に言えば、「WELQは人の生命活動に影響を及ぼしていた」ということです。

「死にたい」という検索キーワードで一位だった

WELQのやっていた事が悪質であることがわかりやすい事案があります。

かつて、Googleで「死にたい」と検索すると、検索結果の一番上に表示されるのはWELQの記事でした。

その記事内容はひどいものでした。「あなたが死にたいのは、承認欲求が強いからです。あなたの承認欲求を満たすためにおすすめなのが自己分析。自己分析は転職サイトにある自己分析ツールがおすすめ」という文言で、アフィリエイトリンクを貼ってWELQはお金を儲けていました。

これはあまりにも非道です。

「死にたい」なんてキーワードで検索する人は、きっと精神的に追い詰められていた人のはず。そんな、鬱気味で、藁にもすがる思いで「死にたい」と検索した人からお金をむしりとるなんて、正気を疑う行為です。

この問題が、WELQの体質を表していると言えます。

もしかしたら、この記事が何らかの行動に結びついた後、悪い結果を生んでしまい本当に命を落とした人だっているかもしれないのです。

そんな「まさか」な話題ができるくらいに、このWELQの行動は大きなリスクのあるものでした。

昔から、コンプライアンス的にアウトな商売の方が儲かるようにできている

昔から、日本社会でお金を稼ぐには、困っている人を利用した方が効率的にできています。

病気で苦しんでいる人に「効く」と嘘をついて、偽の薬を売りつけたり、「儲かる」と嘘の話をもちかけたり。なんの変哲もない水を「神の水」だとか言って売りつけたり。

私を含め多くの人がそんな、「詐欺」に手を染めず真っ当な商売でお金を稼ぐのは、何より「良心」があるからです。

WELQで記事を書いていたライターや、サイトを運営していたスタッフは、自分のやっていることに良心は痛まなかったのでしょうか。ずっとやっていると麻痺してくるのか、生活のためには仕方ないと考えていたのか…。

自分の書いた「言葉」には、誰かの人生を変えてしまうという「責任」を持つべき

ライターたるもの、「私の記事を読んで、誰かの人生を変えてしまうかもしれない」という責任をもっておくべきだと、私は考えています。

それが、誰かの命にかかわる記事だったならなおさらです。

「死にたい」というキーワードをメインに書いたなら、「自分は命に関連する記事を書こうとしている」という自覚を持つべきです。記事を書いた人間なら、記事を読んだ「死にたい」と考えている人が、どんなことを考えるのか容易に想像できるはず。

そこで「死にたい」と考える人の活力になることを願って記事を書くのではなく、金儲けを優先して記事を書く行為、私から見て軽蔑に値します。

今回のWELQの記事が叩かれた件は、私は改めて自覚を持ち直すきっかけとなりました。自分の発する言葉の意味、言葉の影響力、それらをいつも考えながら記事を書いていきたいと改めて決意した次第です。

 

以上、「WELQ」の記事がすべて非公開になったことに対して、ライターの身として意見を述べさせてもらいました。

スマートフォンの普及で、「インターネット上の情報」は、以前よりさらに大きな価値を持つようになりました。

情報を発する側が、誰にとっても正しい言葉を発信する意識を持つのはもちろん、情報を受け取る側も、しっかり情報を見極める審美眼を持たないといけないかもしれません。