承認欲求を金で満たそうとするのは可哀想
初めに断っておきたいのは、私は今回お話するすべての領域において、専門家でもプロでもありません。
学術的なお話も一切出てきません。 ただ、「新宿」という、「酔っ払い」を通り越した「妖怪」が集まる街で、6年ほどバーテンダーをやっていた時に見聞きした話からの考察です。
悪しからず、ご了承ください。
あと、かなり長文で読むのに時間かかると思うので、暇な時にどうぞ。
お金があっても無くても満たされない人たち
いくらお金を持っていても、満たされないものは満たされないのだと私に強く教えてくれた二人を紹介しました。
その「お金」が借金したものでも、元からあったものでも、何だろうと、お金が心を満たしてくれることはないのです。
逆に、私はこう思います。
目に見えないもののためにお金は使うべきじゃない、と。
お金なんて、「物々交換」の変わりに生まれたんですから、「物」のためにしか使っちゃいけないんです。
愛、友情、信頼、絆、夢、孤独、不安、劣等感、焦燥、悲哀。
そういった目に見えないものの為にお金を使って、成し遂げられた人は見たことがありません。
でも悲しいことに、目に見えないものにほど人はお金をつぎ込みやすいものです。
特に「愛」と「孤独」と「劣等感」は、我々バーテンダーですら「狙い目」として使うほど「金のなる木」でした。
先天的に皮膚など目につきやすい部分に、何かある人には積極的にこっちから握手やハグなどするだけで、簡単に落ちる。
ちょっと太めな女の子に「ありがとーまた来てねー」とハグする時には、ちょっとだけ持ち抱え上げると「重たいよ!?」と焦るので、「全然軽いじゃん」って言ってあげると、割と落ちやすい(男性スタッフに限る)。
「いつも頑張ってますもんね」「前から悩んでましたね」「ずっとウィスキー派なんですね」といった「いつも」「前から」「ずっと」などの「記憶に長期間留まっている」ことを示す前置詞を使うと、孤独に苛まれてる人は喜ぶ。
スタッフ同士で共有されてる「常連を増やす豆知識」の数々は、全て「愛」「孤独」「劣等感」を狙ったものでした。
当時は今ほどSNSが根付いてなかったんですが、今だったら「承認欲求」が「金のなる木」の総称となっていたでしょう。
それだけ金になるんです。
承認欲求はお金になる。それをご理解いただいた上で、逆に「承認欲求」のためにお金を使った人たちがどうなったか、2つの事例を紹介します。
妖怪と呼ばれるほどお酒を飲む人たちは、なぜ飲むのか
バーという場所には、本当に色んな人が来ます。
今日出所して来たというヘビーめな人から、奥さんと喧嘩して帰りにくいという可愛い人まで、実に様々でした。
誤解の無いように言いますが、バーに来る人の全員が満たされていないわけではありません(何を持って満たされている・満たされていないと言うのかにもよりますが。)
ただ、敢えて線引きをするのであれば、きちんと終電で帰る人は、少なくとも借金してまで何かを欲するほど飢えてはいなかったように思います。
だいたいあの街で「妖怪」と呼ばれるほどお酒を飲む人は、終電なんかで帰るワケが無いんです。 酔いと宵が増すごとに元気になるから「妖怪」なのです。
「お化け」ではなく、「妖怪」なのは、多分朝になっても消えないからじゃないでしょうかね。
……ちょっと話が逸れました。 早速、借金してでも何かを欲する妖怪の話をしましょう。
借金してでも奢りたがる!ありがとう妖怪
バーという場所では、基本的に皆本名を知りません。
知ってても苗字だけとか、下の名前だけとか。
そんな中でも特殊な名前で呼ばれていた男性がいました。
その名も「BJ」。
一見クール()なあだ名に見えますが、なんてことはありません。
酔っ払って、顔から線路に落ちて、額に斜めのキズがあるから某闇医者の名前をつけられただけです。
しかし、BJの特徴は、その額の傷だけではありません。
彼は、酔えば酔うほどに「奢りたがり妖怪」になるのです。
しかも老若男女問わず。
若くて可愛い女性にだけではなく、分け隔てなくお酒を奢るので、飲んだくれには神様のようにも思えますが、ところがどっこい。
彼は、実は「ありがとう妖怪」だったのです。
感謝され、必要とされ、この店に欠かせない存在であることを認識させて欲しい。
それこそが彼の本当の欲求だったのです。
もちろん、彼がとてつもなく高給取りでそうしてるのなら、私も何も思いません。
ありがてぇーってビールを飲むだけです。
感謝も信頼も金では買えないんです
問題なのは、彼が決して高給取りなんかではなく、一番安い飲み物でも700円もする店に週3で通い、奢りまくるために借金していたことです。
幸か不幸か、BJはかなりおカタいお仕事についていて、消費者金融なんかが諸手を挙げてお金を貸してくれる職種だったため、どんどん審査に通るし、どんどん借金を重ねて行けてしまいました。
BJが高給取りでない事は身なりや言葉の端々から容易に想像つきましたし、お財布の片隅に見える黄金色のカードが、キャッシングの会員カード(?)であることは、彼が酔っ払ってクレジットカードと間違えて差し出した時に知ってしまいました。
貰う方としても、借金したお金で奢られるお酒は正直あまり美味しく感じません。
だから、「今日はそろそろやめといた方がいいんじゃ?」「せめて本当に仲良い人だけにしよう?」といった提案は何度もしましたが、BJは全く聞き入れません。
そんな言葉より、BJが求めてるのは、「BJさんがいなくなったら、ウチの店潰れちゃいますよ」という言葉。
頼られたい、必要とされたい、感謝されたい。
そんな欲求が見え隠れしてるので、「俺が奢る酒は美味いだろ?」「もっと美味そうに飲め」などの発言も飛び交っていました。
端的に言うと、どんどん恩着せがましくなったんです。
金で恩を買おうとした男の末路
1回見ただけで、金銭感覚が狂ってることが分かる飲みっぷりでした。
一杯最低700円とはいえ、チャージも無ければボトル制度もないバーで、毎回2万近く払うなんて異常です。
多分悪い人から見たら、カモがネギもコンロも土鍋も豆腐も背負ってるように見えたでしょう。
何かよく分からない詐欺に引っかかってしまったという噂を最後に、BJは二度と店に顔を見せなくなりました。いえ、見せられなくなってしまったんだと思います。
数年後、たまたまBJと同じ会社で働いてるというお客さんが来たので、「こんな人知りません?」って聞いたら、「ああ、自己破産した人ですね」って教えてくれました。
その話を聞きかなり心が痛みましたが、そうやってBJが来なくなっても、私を含め誰も本気で心配する人はいませんでした。
「聞きましたよ、大変でしたね。あの時のお礼に、飯くらい奢りますよ」
「恩返しに、今度は僕が奢りますから、一緒にあの店で飲みましょうよ」
なんて声を掛けた人は誰もいなかったんです。
借金して人から感謝の言葉を引き出そうとしてもダメなのだと分かりました。
でもこれは、借金のせいで心が歪んでしまい、余計枯渇してしまっただけなのでは?
とも思いました。
そこで、BJの対比として、生粋のお金持ちで、蝶よ花よ姫よ女神よとチヤホヤされて生きてきた女性の話もしてみます。
生まれながらのお嬢様でも満たされない!お金持ちイコール幸せとは限らない
お嬢様の仮名は「カノウさん」。
彼女が初めて来た時、「……孔雀?」って思うような謎なコートを着ていました。
未だにあれは何柄って言うのか分かりません。
そんなカノウさんは、見るからに金持ちって分かる金持ちのお姉さんでした。
しかも、成金系じゃなく、昔からお家が裕福だった、生粋のお嬢様。
しかも一人っ子。
誰かが「金持ちで巨乳だから」と「カノウさん」と名付けた時、その場にいた全員が「遜色ない」と思ってしまった程、「よく分からないけど何かがハイパー強い」オーラの持ち主でした。
そんなカノウさんが、なぜ新宿にある毎年毎年「閉店」の可能性を店長が示唆するような寂れた店に足繁く通っていたのか。
一つは、タクシーでワンメーターの所に住んでいたから。
そしてもう一つは、やはり「満たされない心」を満たしに来ていたんだと思います。
美女の正体は余計なお世話妖怪
カノウさんの正しい年齢は分かりませんが、40歳前後だったと思います。
そしてカノウさんの旦那さんは、カノウさんより20歳も年上。
小さい頃から自分の夢はお母さんになることだったというカノウさんは、「焦り」と「諦め」の間を物凄く高速で揺れ動いていました。
そんな彼女の心の均衡を保つために必要だったのが、ウチの店にいた、当時の私を含む20代前半のスタッフたち。
私たちを架空(?)の弟・妹として扱い、世話を焼くことで、幼少期より溜めに溜めて来た母性本能を小出しに発散出来ていたのです。
(※こうやって書くと、とんだ官能小説の世界みたいな話ですが、カノウさんはソッチ方面では一切揺れ動かない、旦那さん大好きな女性だったので、そういう話は出てきません。)
毎日弁当を持ってくる地獄
店長が完全に心奪われていたのもあって、カノウさんは私たちのシフト表を入手していました。
その上で、全員に次の出勤日までの弁当を作って持ってきてくれるんです。
最初は、一人暮らし組は泣いて喜んでました。
人の手料理なんて年単位で食べてない子もいましたし、単純に食費は浮くし、栄養バランスも考えられてるし、ありがたい限りでした。
でも、それが何ヶ月も続くと、段々辛くなってきます。
なにせバーテンダーですから、お客様からお酒をいただけば飲まないわけにも行きません。
当然、二日酔いになって、食べたくても食べれない日だってしょっちゅうありました。
しかもカノウ弁当は、足りなかったら困るからと、基本量が多め。
どれも私たちがその辺のスーパーで買うものとはレベルが違う食材を使われているし、悲しいまでに発揮される「残しちゃいけない」日本人魂が私たちを苦しめます。
いつの間にかカノウ弁当は、賽の河原弁当と呼ばれるようになっていきました。
結局店長が、「バーテンダーは見た目も大事。全員太って来ちゃったから、たまにご飯に連れてくぐらいにしてくれ」と頼んだら、やっと弁当地獄は終わりを迎えました。
店長の提案が逆効果に
しかし、この店長のお願いが、新しい地獄の幕開けでした。
カノウさんは生粋のお嬢様なので、店員さんと仲良くなったら普通に遊びに行ったり出来るなんて発想がなかったんです。
だからせっせと弁当を持ってくる割に、自宅でのパーティーに呼ぶことはありませんでした。
なのに、気づいてしまった。
新たな地獄の始まりです。
(※バーテンダーと友達になれるかは、店の方針次第です。一切禁じてる所もあれば、本人の意思に任されていたり、同性に限りOKだったり、色々です。ウチは割と放任でした。)
私が味わったのは、引っ越しのための不動産めぐりする時に、何故か本名すら知らないカノウさんがついてきた事件です。
不動産さんの「お母…様?えっ、友人?」っていう困惑の顔は今でも忘れません。
引っ越し先が決まったら、今度は休みの日にIK◯Aに連れて行かれ、何故かカノウチョイスの家具たちを買うことになり、引っ越しした翌日に諸々のインテリア雑貨を持って、ウチにやって来たんです。
そりゃね、一緒に内覧してますからね、住所も割れてますよね。
「断ればいいのに」と思われるかもしれませんが、カノウさんが万が一来なくなったら、ウチの店は今度こそ閉店することになると店長に泣き付かれていたんです。
飲み方も金払いも綺麗かつ豪胆な常連って、芸能人の常連より作りにくいって思うほど、本当に得難いものでした。
しかもそこにいるだけで場が華やぐようなお姉さん。
6年バーテンダーやってて、カノウさんは3本指に入る「イイオキャクサマ」でした。店にとっては。
それがわかってるから、私たちも無碍には出来ないんですが、そんなこっちの事情など一切分からないのがお嬢様のお嬢様たる部分。
家飲みしたいからと言うので渋々家に上がらせれば、勝手に部屋のあちこちを掃除しだすし、彼氏にフラれたっていえば彼氏の家まで乗り込みに行こうとするし、何かあると「カノウ家集合!」という連絡が来て、「カノウ家」の家族会議が開催されました。
もうどっちが面倒を見てあげてるのか分からなくなった頃、ついぞカノウさんの旦那さんが、嫁の無駄遣いに気づいてくれました。
専業主婦だったカノウさんは、旦那さんからお小遣い制限されれば、身動き取れなくなりますよね。
カノウさんの旦那さんはさすが稼げる男なだけあって、カノウさんに犬を何匹か与えることで、愛情の矛先を変えさせるという、素晴らしい対策を取ってくれました。
やっとカノウさんの怒涛の「お世話」が終わり、店長の不安通り、それから1年足らずで店は閉店することになりました。
閉店してから、「カノウ家」だったスタッフたちと飲んだ時、誰もカノウさんと連絡取ってないことが分かりました。
たまに懐かしく思うことはあるし、悪い人ではないこともわかってるんだけど、一回連絡取ったら、また全力で「お世話」されそうで怖くて出来ない。
全員の意見が一致していたので、お金を使うだけでは「絆」や「親愛」は生まれないのだと思いました。
福沢諭吉じゃ心を満たせない
BJにしろカノウさんにしろ、私たちバーテンダーも分かってて利用していた面があります。
そんなことが出来るスタッフがいっぱいいたなら、店はさぞ儲かったと思われるかもしれません。
でも人は「心を金に換える」行為をしていると、罪悪感に押しつぶされて1~2年で辞めてくスタッフが多く、「顔なじみの人間がいつ行ってもそこにいる」ことが一番バーにとって大事だったのに、それが保てなかったのでウチの店は潰れてしまいました。
お金で心を満たそうとしても、心を利用してお金にしようとしても、結局どっちも上手く行かないんです。
どうしたら心を満たせるのか、若輩者である私には断言出来ませんが、それが出来る物の名前は「福沢諭吉」ではないことだけは断言できます。
どうかこの記事を読まれた人が、心にお金なんか持ち込まないようになってくれたら幸いです。
心にお金を持ち込んだ瞬間から、人は「妖怪」への一歩を歩み始めてしまいますよ、と。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。