キャッシングの歴史について
キャッシングとはつまり、「お金の貸し借り」突き詰めると借金です。
借金の歴史は深く、人類が貨幣システムを作ったのと同時にできたとも言われています。
しかしそれよりもっと近代の、業者が取り仕切るキャッシングサービス。この始まりはいつだったのか。そこに焦点を当てながら、キャッシングの歴史を紐解いていきましょう。
1960年以前
日本昼夜銀行をはじめ、銀行が小口融資に手を出し始めます。その後だんだんと融資の幅は広がり、信用金庫なども消費者への融資を始めます。
そして起こった「金融自由化」により、都市銀行も消費者金融金融に乗り出してくるのです。
1960年台のキャッシング
銀行融資などは行われていたものの、「消費者金融のキャッシング」の歴史が本格的に始まったのは1960年台のこと。
団地に住んでおり、所得も安定している層へのお金の貸付がはじまり、キャッシングが「団地金融」なんて呼ばれ方をします。今と違い、限られた富裕層が利用するものだったのです。
1970年台のキャッシング
1970年台から、今でも耳にする「サラ金」という呼び名が使われ始めます。それもそのはず。この時代のキャッシングは、サラリーマンが利用するものだったからです。
70年台はとある事件があり、借金に走ってしまう人が増えました。
この時代のキャッシングは今と比べるとかなり高金利設定で、なんと最高金利「109.5%」という設定。
この金利で借り続けていると、利息の返済だけですぐに元金の返済を超えてしまいます。
この頃は今ほど貸金業法も整備されておらず、キャッシングは無法地帯に等しかったのです。こんな金利でお金を貸しているわけですから、当然返済不能に陥る人が多数。中には返済を苦に自殺してしまう人も多かったそうです。
1980年台のキャッシング
1980年台、キャッシング利用者はサラリーマンから女性や自営業者にも波及しました。
それにより、サラ金という呼び名から消費者金融という呼び方が多くなってきました。しかしこの頃、まだ金利は70%ほどが設定されていました。
1990年台のキャッシング
1990年台日本経済はバブルに湧いていました。
そのバブルが崩壊したことにより、キャッシングを利用してお金を借りる人も多くなりました。
そしてテレビCMでも消費者金融が多く登場しました。「むじんくん」や「武富士のダンス」と聞けばピンとくる人もいるのでは。
しかしまだまだ金利は40%ほどが設定しており、キャッシング利用者が増えるのと同時に、返済に苦しむ人も多くなってきました。
2000年台のキャッシング
返済が苦しい人を助けるために、国が動き出します。
2006年にあった貸金業法改訂。これにより、グレーゾーン金利が撤廃され、総量規制という制限も生まれました。
グレーゾーン金利の撤廃は、現在も「過払い金請求」という形で尾を引いています。
現在のキャッシング
現在のキャッシングは、一時期総量規制で銀行カードローンに流れたキャッシング利用者は、銀行カードローンに流れました。
しかし現在は、銀行カードローン利用者の自己破産件数が多くなったことで、銀行カードローンに対する厳しい目線が向けられています。
銀行キャッシングが、かつての消費者金融のキャッシングと同じように「法改正」が行われることが無いと良いのですが。
キャッシングのこれから
消費者金融のキャッシングも、銀行キャッシングも利用できなくなったキャッシング利用者は、今後どこに流れていくのか。
メルカリを使って現金を使うなど、お金に困っている人が犯罪スレスレの行為に手を染めています。
国がどうにか、こういったお金に困っている貧困層の人たちを助けてあげる受け皿を作ってあげてほしいです。